この記事は NewsPicks Advent Calendar 2025 の3日目の記事です。
昨日はQAエンジニアの西園さんによる AI活用事例から考える、QAエンジニアこそAIを使うべき理由 #キャリア - Qiita でした。
はじめに
ソーシャル経済メディア「NewsPicks」のエンジニアの三嶋です。現在は NewsPicks Brand Design の事業に関わっています。
今回は、NewsPicks Stage. という、経済・ビジネス情報に特化した独自番組を動画配信するプロダクトに関わっていた時の話です。 「全員がコンテンツクリエイター」を掲げながら「プロダクトもコンテンツの一部」という思想の環境下でエンジニアとして開発に関わった中での葛藤や気づきを共有します。
「読めない文字」はバグか仕様か
事の発端は、番組の登録完了画面(サンクスページ)を開発している時でした。デザインレビューのミーティングで、Figma のデザインを見た事業責任者が放った一言。「全体的に文字のコントラストの差が無さすぎじゃないかな?」。 それを口火にデザインをその場で修正するデザイナー。そうして最終的に出来上がった画面を見た時に私は戸惑いました。

「(New Business Way っていう番組シリーズの文字が薄すぎて、読めない。。。)」
ユーザーが読めない文字を置くことに何の意味があるのか。疑問の声が他のメンバーから出る。 しかし、返ってきた言葉は、Webシステムの開発をしてきた当時の私にとってはロジックを根底から覆すものでした。
「いや、読ませたいわけじゃない。見せたいんだ。 ユーザーはこのサンクスページ全体を読んでいるんじゃない、見ているんだ」
......実装対応漏れでしょうか?と画面を初めて見た人に聞かれても驚きはしませんが、仕様です。当時の私は頭を悩ませました。「文字なのに読ませたくない」とはどういうことか? これは比較的わかりやすい例ですが、こういったエンジニアリングとクリエイティブの衝突は、NewsPicks Stage. の事業に関わってからは幾度と発生していることでした。
エンジニアリングの「正解」と、クリエイティブの「正解」
なぜ話が噛み合わないのか。それは、私たちが目指している「正解」の形が異なっていたからです。
- エンジニアの正解:汎化と再現性
- 「ユーザーを迷わせない」ことが善
- 統一されたUI、予測可能な挙動、効率的なコンポーネント設計
- クリエイティブの正解:部分最適と文脈
- 「ユーザーの足を止めて心を揺さぶる」ことが善
- その瞬間、そのコンテンツに適した「体験」
- 感情を揺さぶるための演出
NewsPicks Stage. は、ビジネス動画メディアであり、「プロダクトそのものがコンテンツ」という側面を持っています。 一般的な業務システムであればこのような議論は起こりづらいと想像します。しかし、NewsPicks Stage. では「効率」や「セオリー」を優先することで、事業のコアバリューである「熱量」や「世界観」が損なわれるリスクを考える必要がありました。
「仕組み」で解決したい現場、「部分最適」を求めるユーザー体験
デザイナーやエンジニアからすれば、毎回「感覚」を頼りに仕様をこねくりまわしていくのは大変です。開発効率を上げるため、そして品質を担保するために、デザインシステムを作り、プロセスを「仕組み化(スケール)」しようとするのは当然の力学です。たとえば「こういうパターンの時は、このUIコンポーネントを使う」というルールを作りたい。
しかし、事業責任者はその「標準化」に待ったをかけます。なぜなら、彼は営業やマーケティング、そして番組制作やイベント運営の現場を渡り歩いてきた、いわば「ユーザーの解像度が異常に高い人物」だったからです。
「番組を見終わったユーザーは熱量が高い状態。だから事務的なUIで冷めさせたくない」
「こっちの視聴者は情報を求めている。情緒よりも効率を優先し、あえて答えを教えるUIにしよう」
彼の中にあるのは、「徹底的なユーザーへの没入」です。 そこでは、私たちが作ろうとしていた「汎用的な正解」は、時にユーザー体験を阻害するノイズになり得たのです。
その裏にある「なぜ、あえてセオリーを外すのか?」という意図(本能)を理解しない限り、エンジニアは意思決定に関われません。 今後、事業をスケールさせるためには、私自身がこの「壁」を超える必要がありました。
「ロジックの外側」にある意図を翻訳する
とはいえ、エンジニアの私が事業責任者と同じレベルでユーザーに憑依するのは困難です。どうしても「システム」や「整合性」で考えてしまう。
どうすれば、この「仕組み化」と「部分最適の洗練」のギャップを埋められるのか。
そこで手がかりになったのが、事業責任者から共有されていた書籍や映画などのコンテンツです。彼は自分が影響を受けた考え方や、大切にしている感性を、私に共有してくれていました。 *1
それが『中動態の世界』や『日本文化における時間と空間』といった本、『あちこちオードリー』や『ほぼ日の學校』などのコンテンツ、写真や映画作りの話でした。
実は、これらを勧められていたのはずっと前からでした。正直に言えば、当時は「こんな難解そうな本だけど、勧められたから読むか」と思いながら、半分義務感でページをめくっていました。また、勧められたコンテンツにも当初はほとんど触れていませんでした。読んですぐにコードが書けるようになるわけでも、デザインの正解がわかるわけでもない、技術書ばかり読んでいた私はなおさらインプットする意義がわからない状態でした。
しかし、プロジェクトが進み、数々の衝突や対話を繰り返す中で、ふと気づく瞬間が訪れました。
「(あ、彼が言っている、読ませたいのではなく『見せたい』という感覚、映画作りからきているんだ)」
「(NewsPicks Stage. で大切にしている内省を通じた持続的な変化は『中動態の世界』の意志の話に近い)」
即効性はありませんでしたが、ふとした議論や体験をフックにして「あの時言っていた『見せたい』はこういうことか」と、点と点が繋がる瞬間が増えていきました。
まずはありのまま事業責任者の意図を翻訳する。そうやって、標準化の波に飲み込まれそうになる「小さな、しかし重要な例外」に納得感を持てるようになっていきました。
ドメイン知識としての「感性」
私は、読書をしてその感想を事業責任者と共有したかったわけではありません。事業責任者は、その全ての経験を結集して、彼自身もユーザーの一人として「理想のユーザー体験」を描いている。その思考に追いつけない時、彼の人生経験やインプットしていた「コンテンツ」から、独自の感性を借りようとするプロセスが役に立ちました。平たく言えば、「話が通じるようになりたかった」ということです。 そのためなら、手段は本でなくても構いません。相手のセンサーがどこにあるのかを探ることが本質です。
NewsPicks は、コンテンツやクリエイティブが支配的なプロダクトだと思っています。それが競争優位性やユーザーへの価値に繋がっているなら、我々エンジニアもクリエイターが個性を最大限発揮できるような「柔軟な業務システム」や「あえて例外を許容できる設計」を構築する選択肢を持てた方が良いと感じました。
正解のないプロダクト開発
ユーザーに価値が届くまでの道筋には、その事業独自の文脈があります。そこでは、時には一般的なUI/UXのセオリー(汎用解)よりも、その事業独自の文脈(固有解)を突き詰めることが、事業成長に繋がります。
クリエイターが何にこだわっているのか、どんな業務をしているのかを知る、インプットを増やすだけでも景色は大きく変わると思っています。本やコンテンツを通してでなくとも、直接対話の時間を取れるならそれも効果は高いはずです。
もしも、「仕様が降りてこない」「話が通じない」と感じていたら。事業責任者や PM に、事業作りのヒントになっている「心に引っかかる」体験やコンテンツについて聞いてみるのはいかがでしょうか。
*1:もちろん事業のビジョンや制作したコンテンツの裏側やこだわりも日々共有してくれていました