ユーザベースは、昨年12月、AI活用を単なる効率化に終わらせず、組織設計やガバナンス、現場での実装までを含めた取り組みが評価され、Foundry社主催の「CIO 30 Awards Japan 2025」において、Leadership Awardsを受賞しました。今回は受賞の契機となった全社的なAI活用の舞台裏について、CIO/CISOを務める王とコーポレートCTOの杉浦に聞きます。
上席執行役員 CIO/CISO
IT Domain Leader
王 佳一
上席執行役員 CIO/CISO 兼 IT Domain Leader。2022年7月にユーザベースへ参画し、コーポレートIT、情報セキュリティ領域を中心に、テックブランディングやコーポレートデザインなど多岐にわたる領域を管掌。入社前は、ビズリーチやグロービスにて情報システム統括およびITディレクターを歴任。また、社外ITアドバイザーとして複数企業のコーポレートITの価値向上にも尽力してきた。「正解のない道を自分たちで切り拓く」というスタートアップ精神と、「異能は才能」として多様性を歓迎する企業文化に惹かれユーザベースへ参画。全社AI推進会議の設置など、組織のAI活用推進にも取り組んでいる。
執行役員コーポレートCTO
杉浦 光将
執行役員コーポレートCTO。フルスタックエンジニアとして、ERPパッケージの人事考課/自己申告領域の開発を経験後、2021年6月より株式会社アルファドライブに参画。製品開発部門のリードエンジニアとして「Incubation Suite」等の開発に携わる。2024年1月、株式会社アルファドライブのCTOに就任。2024年4月、株式会社アルファドライブのカーブアウトに伴い現職に従事。前職でERPのパッケージベンダーに勤めていた経験を活かし、コーポレート領域における全社AI活用基盤の構築や評価システムの内製化など、業務効率化とIT活用による課題解決に取り組んでいる。
包括的な取り組みが評価され、Leadership Awardsを受賞
—— 本題に入る前に、まずはおふたりの立場と役割について教えてください。どんなお仕事を担当していらっしゃいますか?
王 私はCIO/CISOとして、全社の情報システムとIT戦略全般の統括、情報セキュリティの戦略立案・実行を担っています。
杉浦 私は社員が利用する情報システムを開発・運用するコーポレートIT部門のCTOを務めています。
王 日本ではあまり多くない体制かもしれませんが、ユーザベースではCTO機能を領域ごとに分担しています。プロダクトごとにCTOを置き、加えてコーポレート領域にもCTOを配置しています。杉浦さんには社内システムやデータ環境の改善を司るコーポレートIT部門の統括をお願いしています。
杉浦 ユーザベースのコーポレートITは、一般的な情報システム部門とは違い、ソフトウェアエンジニアが在籍しているんです。もちろんすべてのシステムを内製化しているわけではなく必要に応じてSaaSを選ぶことも少なくないのですが、データや開発のコントローラビリティを保ちつつ状況に応じて柔軟に判断できるよう、組織のなかに開発機能を備えているんです。
—— 昨年の12月、Foundry社が主催する日本初の「CIO 30 Awards Japan 2025」で、Leadership Awardsを受賞されたそうですね。まずは率直な感想を聞かせてください。
王 一番嬉しかったのは技術的なチャレンジにとどまらず、AI活用における取り組み全体を包括的に評価していただけたことですね。
杉浦 情報システムを取り巻く課題が山積するなか、先行事例が少ないAI活用について評価していただき、大変光栄に思いました。そもそもコーポレートIT部門は、なかなか表立って評価される機会がありません。名だたる企業とともに客観的な基準で評価していただき、メンバーにとって良い機会になりました。
2つのアプローチ、5つの戦略に基づいて全社AI活用を推進
—— ユーザベースのAI活用は、どのようなきっかけではじまったのでしょうか?
王 われわれユーザベースは2024年から、Speeda事業、NewsPicks事業が擁する各プロダクトのAIネイティブ化を進めるべく、「Big AI Shift」に取り組みはじめました。プロダクトがAIネイティブになるなら、当然、社内システムは従来通りでいいというわけにはいきません。CEOの稲垣との対話のなかで、社内のデータ環境やシステムをAIが利用しやすい形に改めようということになったのが、ユーザベースにおけるAI活用の出発点になりました。
杉浦 経営陣の意思決定が下されたあとに行われたタウンホールミーティング(全社会議)で、積極的なAI活用が議題に挙がったのをきっかけに、事業や用途別に分断されていたデータの統合に着手し、そこから約1年かけて全社のAI基盤を整えていきました。
—— どのような方針で社内システムのAI化に取り組まれたのですか?
王 2つのアプローチ、5つの戦略を定めて取り組みを加速させました。具体的には、全社AI推進会議の設置や生産性向上に向けたデータ環境の整備、安全な利用を担保するガードレールの策定、組織内でナレッジ循環を維持しながら成熟度を向上するための仕組みづくりなどです(下図参照)。
どんな構造で進めるのか?
「2アプローチ・5戦略」の方向性
・2アプローチ(中長期における基本的な取り組み姿勢)
・基整備(守り):共通インフラ/ルール/AI教育/活用支援など全社的な土台づくり
・価値創出(攻め):テクノロジーの進化/業務改善/人材投資のテーマを通じて成果(KPI)に繋げる
・5つの横断戦略(〇〇会議で担当)
| 戦略 | 概要 | 主なモニタリング指標(例) | |
|---|---|---|---|
| 1 | 業務改革・ 生産性 |
定型業務の自動化や再配置を通じて、工数の削減と高付加価値果務への集中を促進し、売上高人件費率を最適化 | 売上高人件費率、再配置比率、工数削減時間、AI自動化率 |
| 2 | テクノロジー& エンジニアリング |
プロダクト競争力や社内ツール整備におけるAI活用の質・スピードを高め、技術資産とナレッジの横展開を可能にする | AI搭載プロダクト数、技術ナレッジ登録・再利用件数、社内GPT利用率、POC展開数 |
| 3 | 人材&採用 | withAI時代に必要な人材を採用・配置し、スキルギャップの可視化とリスキリングを通じて、実行可能な人材製略への進化し、全体組織人材戦略と接続 | 採用ROl、配置後のPL貢献、AI人材比率、リスキリング完了率 |
| 4 | ナレッジ循環& 成熟度向上 |
成功・失敗・プロンプト等を含むAI活用知の共有と活用を促進し、挑戦を許容し全体AI活用レベルを底上げする文化と環境を触成。併せて部門別の成熟度を横串で把理し、重点歯所に集中支援を行う | ナレッジ投稿数、ブロンプト利用率、共有度、横展開成功事例数、AI成熟度スコア(例:経団連指標1~5) |
| 5 | ガバナンス& リスク |
倫理・セキュリティ・説明責任を担保するためのLLMガイドライン定期別新とモニタリング体制を整備し、安心して活用できる環境をつくる | LLMガイドライン週守率、シャドーAI検知件数、インシデント対応完了率、監査指摘件数 |
| 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | |
| ガバナンス& リスク |
ナレッジ循環& 成熟度向上 |
人材&採用 | テクノロジー& エンジニアリング |
業務改革・ 生産性 |
戦略 |
|---|---|---|---|---|---|
| 倫理・セキュリティ・説明責任を担保するためのLLMガイドライン定期別新とモニタリング体制を整備し、安心して活用できる環境をつくる | 成功・失敗・プロンプト等を含むAI活用知の共有と活用を促進し、挑戦を許容し全体AI活用レベルを底上げする文化と環境を触成。併せて部門別の成熟度を横串で把理し、重点歯所に集中支援を行う | withAI時代に必要な人材を採用・配置し、スキルギャップの可視化とリスキリングを通じて、実行可能な人材製略への進化し、全体組織人材戦略と接続 | プロダクト競争力や社内ツール整備におけるAI活用の質・スピードを高め、技術資産とナレッジの横展開を可能にする | 定型業務の自動化や再配置を通じて、工数の削減と高付加価値果務への集中を促進し、売上高人件費率を最適化 | 概要 |
| LLMガイドライン週守率、シャドーAI検知件数、インシデント対応完了率、監査指摘件数 | ナレッジ投稿数、ブロンプト利用率、共有度、横展開成功事例数、AI成熟度スコア(例:経団連指標1~5) | 採用ROl、配置後のPL貢献、AI人材比率、リスキリング完了率 | AI搭載プロダクト数、技術ナレッジ登録・再利用件数、社内GPT利用率、POC展開数 | 売上高人件費率、再配置比率、工数削減時間、AI自動化率 | 主なモニタリング指標(例) |
—— これを受けてどのような取り組みがはじまったのですか?
杉浦 まず着手したのが、Slackから呼び出せるAIエージェントの開発です。社内ではこのエージェントを「sai(サイ)」と呼んでいます。
—— saiの機能について教えてください。どんなことができるAIエージェントなのでしょうか?
杉浦 自然言語で質問や依頼を投げかけると「経費申請の方法」や「OKRのレビュー」「プロンプト作成のアドバイス」のほか、取引先の動向や中期経営計画から必要な情報を探し出すような使い方もできますし、当該企業へのアプローチ状況や直近の商談内容など、関連情報なども回答してくれます。このほかにも、障害発生時のログ調査やウェブ上の公開情報の収集にも利用できるなど、職種やポジションを問わず使えるAIエージェントです。
<具体的な取り組み内容の例>
・社内AI基盤構築&AIツールの標準化
・データ基盤整備とAI接続&活用促進
・LLMガイドラインの策定とLLMセキュリティ研修実施
・生成AIスキル成熟度の可視化とAIスキル研修の実施
・生成AI活用を促進するアンバサダー制度と推進支援
・社内AIコンテストの開催
王 社員ひとりひとりに優秀な秘書やアシスタントがついたような状態になったと思います。もちろん改善の余地はありますが、こうした状況がつくれたのも、昨年から杉浦さんを中心に進めてもらっていた、全社のデータ統合がうまくいったおかげです。これまで複数のシステムに入らなければ取れなかった情報が一度のログインで集められるようになった結果、かなり解像度が高くAI活用に取り組むことができました。
取り組み早々、約1,000時間の
業務時間削減を実現した事例も
—— プロジェクトの進捗は順調でしたか?
杉浦 ユーザベースは、ターゲットやビジネスモデルが異なる事業を抱えており、業務内容も多岐にわたるうえ、とくにサポートがなくても自走できる部署もあれば、手厚いサポートが欠かせない部署もありました。支援内容に濃淡をつけるために、まずはデータベースから誰がどの程度の頻度でAIを利用しているか、また、特徴的な使い方をしているメンバーを探して、個別にヒアリングをするなど、準備にはそれなりに時間がかかりました。
—— どんな苦労がありましたか?
杉浦 ただ便利なツールをつくって広報しただけでは、活用は進みません。コーポレートITとして、各部署に活用を促す支援を提供するにしても、限られたメンバーで約1,200名の社員全員にまんべんなく対応するのも無理があります。そこで各部署にお願いして活用を推進してくださる「AIアンバサダー」を立てていただき、私たちはAIアンバサダーに対する研修を通じて知識をお伝えする一方、AIの利用基盤の整備や開発に努めました。すると徐々にユニークかつ効果的な活用事例が生まれてきたんです。
—— どんな活用事例があったのですか?
杉浦 いくつかあるのですが、とくに昨年、社内で実施した「生成AIコンテスト」で大賞を獲った、アナリストチームの取り組みがすばらしかったですね。
—— どんな取り組みだったのですか? 具体的に教えてください。
杉浦 今回のAI活用の一環で、試験的に「Dify(ディフィ)」という、RAGやワークフローをローコードで開発・運用できるOSS基盤を導入したところ、Speeda事業でアナリストを務めるメンバーが、情報収集のプロセスを自動化し、約1,000時間もの業務時間削減したんです。エンジニアではないメンバーが、こんなにも早くAIを使ってここまで大きな成果が出せるとは思っていなかったので驚きましたね。改めてメンバーのポテンシャルの高さと、生成AIの可能性を感じずにはいられませんでした。
アクセルとブレーキの
適切な配分が、成功の要因に
—— 改めて今回の取り組みを通じて、成功のポイントはどこにあったと思いますか?
杉浦 ユーザベースは自由なカルチャーが身上の企業とはいえ、すべての判断を各人に委ねると、危険な使い方をする人と、あまり使いたがらない人のギャップはいつまで経っても埋まりません。そのため、戦略や方針づくりと並行して「ここまではOK」「ここから先はNG」と、使用の基準となるガードレールを設けて、この範囲内で自由に使ってくださいと伝えたところ、社員の自主性を損なわずバランスの取れた活用が広がりました。社員に判断を丸投げせず、かといって手足を縛り過ぎないように配慮したことが、幸先のいいスタートを切れた要因ではないかと感じます。
王 ユーザベースには、エンジニア以外にもITリテラシーの高い人材が一定数在籍しています。それだけに各部署独自の取り組みになりやすく、組織としての一貫性を欠きがちな側面がありました。このままの状態で取り組みを高度化させてしまうと、AI活用のメリットを最大限に引き出せなくなってしまうでしょうし、頭ごなしに規制をかければ広まるものも広がりません。そうはいっても、私のような複数の立場を兼ねる人間がアクセル役とブレーキ役を兼ねると、どうしても判断が鈍りがちです。今回はコーポレートCTOである杉浦さんがアクセル役、CIO/CISOの私がブレーキ役を務めることで、役割分担が明確になり、合理的な判断ができたように思います。コーポレートCTOの存在意義がしっかり示された事例になったのではないでしょうか。
—— 今後はどのような取り組みを進めますか? 目標を聞かせてください。
王 2025年は杉浦さんたちを中心に、文化づくり、仕組みづくりに取り組んだ1年だったとすると、2026年度はこれまでの実績を踏まえ、AI活用の成果を事業や経営に還元していくフェーズにしたいと思っています。具体的には「各業務の生産性をいかに高められるか」「経営の意思決定にAIをどこまで関与させられるか」のふたつが焦点になるはずです。業務時間を削減した結果、コスト低減につながったのか、あるいは、効率化によって浮いた時間を重要な課題解決に充てられたかなど、AIを技術の言葉としてではなく、経営の言葉として語れるようにしていく必要があると思っています。
杉浦 いま王さんからお話があったように、昨年はボトムアップを促す施策に注力し、全社にAIを浸透させる活動に取り組んできた結果、ガバナンスやルールに基づいて、AI活用を進めようという機運を高められました。おかげさまで、習熟度が高まりsaiだけでなく、AI機能を実装したSaaSを使い分けるような動きも出てきています。今後はさらに活用の幅を広げ、現場が自分たちの手でやりたいことを実現させていくフェーズにしていきたいですね。そのうえで、事業にインパクトを残すような事例をひとつでも多く積み上げるとともに、経営にまつわる数字を集めるだけでなく、集めたデータの要因分析にまで持っていける仕組みを構築し、AIを経営の意思決定に資する仕組みとして確立したいと思っています。